浦和地方裁判所秩父支部 昭和52年(手ワ)16号 判決 1978年1月18日
原告 加藤健一
右訴訟代理人弁護士 山岡正明
被告 株式会社千葉レンズ
右代表者代表取締役 増原芳美
右訴訟代理人弁護士 新井兄三郎
主文
被告は原告に対し、金一五〇万円とこれに対する昭和五二年六月八日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行できる。
事実
第一請求の趣旨
主文同旨
第二当事者の主張
一 原告
1 被告は左記の確定日払の約束手形二通を振出した。
記
(一) 金額 金八〇万円
満期 昭和五二年五月六日
支払地 秩父市
支払場所 埼玉県信用金庫秩父支店
振出地 秩父市
振出日 昭和五一年一二月二七日(手形上の記載は昭和五二年一二月二七日)
振出人 被告
受取人 有限会社足立屋商店
(二) 金額 金七〇万円
満期 昭和五二年六月五日
その他の手形要件は(一)の手形と同じ
2 原告は、昭和五一年一二月二八日に右二通の約束手形を前記受取人より裏書譲渡を受け、現にこれらを所持している。
3 原告は、(一)の手形については昭和五二年五月七日に、(二)の手形については同年六月七日に、支払場所に支払のため呈示したが支払を拒絶された。
4 よって、原告は被告に対し、右各手形金とこれに対する昭和五二年六月八日以降完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
《以下事実省略》
理由
一 被告が、振出日として「昭和五二年一二月二七日」との記載があり、その他の手形要件は原告主張のとおりである確定日払の約束手形二通を振出したことは当事者間に争いがない。
二 次に、原告が右約束手形二通を受取人たる有限会社足立屋商店から裏書譲渡を受け、現にこれを所持している事実は、成立に争いのない甲第一、二号証及び右甲第一、二号証が原告代理人によって当裁判所に書証として提出された事実によってこれを認めることができる。
三 しかして、原告の主張3項の事実は当事者間に争いがない。
四 そうすると、原告の請求の理由の有無は、振出日付が満期日よりも後の日となっている確定日払の手形が有効な手形と言えるか否かによって決せられることになる(原告は、「昭和五二年一二月二七日」という振出日付は、「昭和五一年一二月二七日」であることが明確である旨の主張もしているが、手形の文言証券性からして、振出日付を「昭和五一年一二月二七日」として扱う余地はない。)。
そこで按ずるに、振出日の記載が満期日より後の日となっていても、そのことの故に確定日払の手形が無効となるものではないと解するのが相当である。その理由は以下に述べるとおりである。
1 本件二通の手形には、満期日、振出日が記載されているのであるから、この点についての手形要件は、満期日、振出日の先後関係を問わない限り満たされている。
2 満期日は振出日以後の日でなければならないとする法文があるわけではない。
3 確定日払手形にあっては、振出日には特別の意味はないものと言えるところ、特別意味のない記載に影響されて手形の有効性が失われるとするのは相当でない。
4 確定日払手形の振出日には特別の意味がないということを考えると、確定日払手形の取得者が振出日付に格別注意を払わないという事態、従って又、満期日と振出日の先後関係に格別注意を払わないという事態が一般的に予想できるところであるのに、満期日よりも振出日が後である場合には手形は無効であるとして、このことにより不利益を受ける手形取得者に対し、日付の先後関係に注意を払わなかったのが悪いのだと言い捨てて法の保護を与えないのは妥当を欠く。
5 満期日よりも振出日が後である手形の権利者、義務者は全て、当該手形が有効であると考えて手形行為(手形の取得も含む。)をしている筈であり、従って、有効と解するのが手形関係者の意思、期待に沿うものである。
しかして、もし仮に、右のような手形が無効であることを期待あるいは信頼して手形行為をした者があったとしても、そのような者のそのような期待あるいは信頼は保護するに値しない。
6 もし、満期日よりも振出日が後である手形は無効であるとすると、この点を悪用する不誠実、不信義な手形債務者の出現が助長されるという弊を生ずるが、悪弊を生ずるような説を採用することはできる限り避けるべきである。
7 満期日よりも振出日が後である手形を無効と解することの必要性、相当性は何も認められず、又、これを有効と解した場合の不都合というものも考えられない(満期日が振出日より前である場合、満期日は手形の文言証券性に従ってその記載どおりのものとして扱えばよいのであって、不能の満期日であるという必要もなければ、満期日あるいは振出日に誤記があるのか否か、誤記があるとすればそれは満期日の方か振出日の方かなどということを栓鑿する必要もないのである。)。
五 以上にみたとおりの次第で、原告の請求は全て理由があるものというべきである。
よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条二項を各適用のうえ主文のとおり判決する。
(裁判官 高篠包)